足立正生監督の 6 年ぶり新作は、2022年8月末に密かにクランクインし、8 日間の撮影、間髪入れずに編集作業に突入、クランクインから一月後にはダイジェスト版を国葬当日に緊急上映を行うという離れ業を演じた。それで映画が持つ本来の荒々しいスピード感を 83 歳の監督が、取り戻した。しかし、それでは終わらない、完成版を劇場公開する。描くは、安倍晋三元首相暗殺犯の山上徹也容疑者。この国は、安保法制や共謀罪がそうであったように、国民の大半の反対意見があるなかで、安倍晋三氏の国葬も強行された。民意をも無視を決め込み、国会は機能を停止し、ジャーナリズムも頼りなく、そのような状況下、足立正生は、再び、映画の持つ創造力と荒々しいスピードを取り戻す。山上容疑者の犯行を人はテロと呼び、民主主義への最大の挑戦と呼んだ。しかし、それは本質をついているだろうか。豈図らんや彼の行動は、自民党のみならず日本の政治家と統一教会の尋常ならざる癒着ぶり、保守を標榜する政党の爛熟の果ての退廃ぶりが公に晒された。この映画はもちろん、その是非を問うものではない。しかし、シングルマザー、宗教二世、派遣労働と、この国の貧困を体現してきた一人の男が自分と対極にある一人の男を暗殺する、それに至る過程を描くことで、この国に決定的に欠けているものを知らしめることになるのではないだろうか。脚本は『止められるか、俺たちを』の井上淳一と足立の共作。撮影は髙間賢治。主演は『連合赤軍 あさま山荘への道程』『止められるか、俺たちを』のタモト清嵐。製作は、数々のライブハウスを経営するロフトプロジェクト。
川上達也は、一人、ずっと暗闇の中で生きてきた。記憶のある明るい時間は、父が生きていた時代。普通よりは裕福な家庭で育ち、父が経営する会社も順調、優しい母、頼もしい兄と可愛い妹に囲まれて何不自由のない生活を送っていた。しかし、仕事と人間関係に疲れ果てた父の自殺からすべてが一変する。兄は癌の治療、転移よる後遺症で片目を失明し自暴自棄となり、妹は急に貧しくなった生活に戸惑い反抗的になる。達也は、目指していた大学進学の道を断念する。母は、すがる思いで統一教会に入信する。そして、父が命をかけて家族のために残した生命保険も教団の言うがままに献金を繰り返し、すべてを使い果たして、遂には自己破産をしてしまう。そんな時、母を奪い返すために教団の施設に向かった兄は、屈強な教団職員に囚われの身となる。最も親しみを感じ、頼りにしていた兄も、絶望の果てに自死する。それ以来、希望も失い暗闇のなかを彷徨っていた。自分を、家族をここまで追い込み、すべてを失わせた元凶である教団への復讐を誓う。かつて自衛隊にいたときの経験を思い出し、改造拳銃を自分の部屋に閉じこもり作り続ける、確かな目的もなく。孤独の中で達也は「僕は星になれるのか」と瞑目する。突然、元首相が、自分が育った場所に選挙応援でやってくることが知らされる。早朝、身を整理した達也は、静かに部屋を出る。
1939年生まれ。日本大学芸術学部映画学科在学中に自主制作した『鎖陰』で一躍脚光を浴びる。大学中退後、若松孝二の独立プロダクションに加わり、性と革命を主題にした前衛的なピンク映画の脚本を量産する。監督としても1966年に『堕胎』で商業デビュー。 1971年にカンヌ映画祭の帰路、故若松孝二監督とパレスチナへ渡り、パレスチナ解放人民戦線のゲリラ隊に加わり共闘しつつ、パレスチナゲリラの日常を描いた『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』を撮影・製作。1974年重信房子率いる日本赤軍に合流、国際指名手配される。1997年にはレバノン・ルミエ刑務所にて逮捕抑留。2000年3月刑期満了、身柄を日本へ強制送還。2007年、赤軍メンバーの岡本公三をモデルに描いた『幽閉者 テロリスト』で35年ぶりにメガホンを取り、日本での創作活動を再開。そして2015年、監督復帰2作目がカフカの短編小説を基にした『断食芸人』で、韓国の光州市民が蜂起して最後の拠点とした県庁舎跡地に新設された光州美術館の柿落としに公開され、日本全国で上映された。また、第45回ロッテルダム国際映画祭(2016年1月27日~2月7日開催)のディープフォーカス部門に正式出品され、同映画祭では、足立監督の特集上映(旧作6本)も行われ、大きな反響を呼んだ。そして、今年の夏、安倍元首相が銃撃される事件が起こり日本の社会と政治状況を大きくゆさぶった。直ちに、その銃撃犯を主人公として現代日本に生きる青年像を描いたのが、6年ぶりに作られた第3作、この『REVOLUTION+1』である。家族の愛、宗教と政治の癒着など、多くの課題が一直線に展開されて行く問題作となっている。
1991年11月12日生まれ、東京都出身。映画『ゴーグル』(06/桜井剛監督)で初主演。『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08/若松孝二監督)、『剣岳 点の記』(09/木村大作監督)、『11 ・25 自決の日 自決の日 三島由紀夫と若者たち』(12/若松孝二監督)、『おんな城主 直虎』(17/NHK)、『止められるか、俺たちを』(18/白石和彌監督)など、映画、ドラマ、舞台と活動の幅を広げている。
1966年11月6日 東京都港区東麻布生まれ。2歳から大田区蒲田のキネマ通り商店街、8歳から羽田で育つ。83年今村昌平監督「楢山節考」で映画デビュー。高校卒業後、倉本聰主宰富良野塾に入塾(2期生)。その後日本映画学校、劇団1980を経て、映画、テレビ、舞 台、ナレーション等 幅広く活動。主な出演作品に「女衒ZEGEN」 (監督:今村昌平)、「式部物語」 (監督:熊井啓)、「ゆずり葉」 (監督:早瀬 憲太郎)、「ラストレター」(監督:岩井 俊二)、「沈黙~silence~」(監督:マーティン.スコセッシ)ドキュメンタリー映画「父をめぐる旅」(ナレーション)、「鹿楓堂よついろ日和」第3話(テレビ朝日)、がある。2023年の公開、放送予定作品に「福田村事件」(森達也監督)、「青春ジャック~止め られるか俺たちを2」(井上淳一監督)、恵那峡映画祭「愛を抱くということ」(主演)、 NHKFM青春アドベンチャー「羽州ぼろ鳶組」(原作:今村翔吾)など。
1992年5月9日、新潟県出身。2019年に公開したENBUゼミナールのシネマプロジェクト作品『あいが、そいで、こい』(柴田啓佑監督)で主演。同じ年には上田慎一郎、中泉裕矢、浅沼直也の3人監督で話題の『イソップの思うつぼ』や二宮隆太郎監督の『お嬢ちゃん』に出演。2020年には内山拓也監督「佐々木、イン、マイマイン」や宇賀那健一監督「転がるビー玉」に出演。12月には井筒和幸監督の「無頼」が公開するなど出演作品が8本に及んだ。2021年は戸田彬弘監督「僕たちは変わらない朝を迎える」で主演を果たすし2022年は「ヘルドッグス」や「ラーゲリより愛を込めて」など10本の出演作品が公開される。今年2023年の待機作としては森達也監督「福田村事件」など6本の作品が待機している。また監督、脚本、主演を努めた「still dark」がとよはし映画祭でグランプリを受賞するなど監督としても活躍している。
1994年生まれ。埼玉県出身。2012年演劇集団アトリエッジ「流れる雲よ2012」にて、デビュー。2013年にドラマ「戦力外捜査官」にてドラマデビュー。2016年に映画「あやしい彼女」(水田伸生監督)で映画デビュー。近年は映画「キングダム」(佐藤信介監督)、2018年 映画「クソ野郎と美しき世界」(園子温監督)、ドラマ「病院の治し方」などに出演している。2023年はYouTubeギガ特撮チャンネル「怪獣戦隊ジュウカイザー」に出演中。
1994年生まれ。鹿児島県出身。2018年藤田真一監督の「戦慄女子トル女編」にてデビュー。同監督の「闇金クイーン」(20)で映画デビュー。近年ではNHK BSプレミアムドラマ「今度生まれたら」(松岡錠司監督)、映画「間借り屋の恋」(22/増田嵩虎監督)、「ダラダラ」(22/山城達郎監督)などに出演している。2023年も映画「愛のこむらがえり」「渇水」(髙橋正弥監督)の公開が控えている。
1996年11月大阪生まれ。2018年にデビュー後CM等で活動。2021年樋口慧一監督『共振』で映画に初出演。以降、映画を中心に活動。出演作に難波望監督『オトギネマ』、森永乳業 アロエの力 TVCMなど
1984年スペイン・マドリード 生まれのトリリンガル。本名は矢野歌織。
ドッグシュガー所属。祖父は新宿にある居酒屋どん底の創業者であり本人曰くどん底3世。二十代後半から小劇場を中心に俳優活動を開始。映像作品にも進出し片嶋一貴監督『天上の花』、ダイナマイト・ボンバー・ギャル監督『転生女優』等に出演。
1978年8月生まれ、秋田出身。小・中・高とアルペンスキーに明け暮れる日々を過ごす。戦闘機乗りになりたかったが試験不合格だった為、京都の大学に進学。卒業後ひょんなことから自主映画に関わり役者を始めその後上京。劇団東京乾電池アクターズラボを経て映画の現場をメインに活動。2012年に主演短編作品『トゥルボウ』でSSFF&ASIAジャパン部門ベストアクターアワードを受賞、2016年には長編初主演作品『トータスの旅』でTAMA NEW WAVEベスト男優賞、田辺・弁慶映画祭男優賞を受賞。自主・商業の枠に捉われず、映画を中心に活動している。
1944年8月10日、東京生まれ。ライブハウス「ロフト」創立者、またの名を「ロフト席亭」。1971年、ジャズ喫茶「烏山ロフト」をオープン以降、東京になくなってしまったロック・フォーク系のライブハウスを開業。1973年「西荻窪ロフト」、1974年「荻窪ロフト」、1975年「下北沢ロフト」、1976年「新宿ロフト」など次々とオープンさせた後、1982年に無期限の海外放浪に出る。5年にわたる海外でのバックパッカー生活を経て、1987年に日本レストランと貿易会社をドミニカに設立。1990年、大阪花博のドミニカ政府代表代理、ドミニカ館館長に就任。1992年に帰国後は1995年、世界初のトークライブハウス「ロフトプラスワン」をオープンし、トークライブの文化を日本に定着させる。著作「ライブハウス『ロフト』青春記」(2012年、講談社刊)、「セルロイドの海」(2020年、ロフトブックス刊)ほか。
1965年愛知県生まれ。早稲田大学卒。大学在学中より若松孝二監督に師事し、若松プロダクションにて助監督を勤める。90年、「パンツの穴・ムケそでムケないイチゴたち」で監督デビュー。その後、荒井晴彦氏に師事し、脚本家に。2013年、「戦争と一人の女」で監督再デビュー。数多くの海外映画祭に招待される。16年、福島で苦悩しながら農業を続ける男性を追ったドキュメンタリー「大地を受け継ぐ」を監督。フィクション、ノンフィクション、監督、脚本に関わらず、幅広い活動を続けている。19年、監督作「誰がために憲法はある」で平和・協同ジャーナリスト基金賞を受賞。23年の公開の「福田村事件」(森達也監督)のプロデュース・脚本も。主な脚本作品、「武闘派仁義 完結編」(94)「くノ一忍法帖 柳生外伝」(98)「男たちの大和」(2005)「パートナーズ」(10)「アジアの純真」(11)「あいときぼうのまち」(14)「止められるか、俺たちを」(18)ほか。主な監督作品、「いきもののきろく」(14)ほか。
1949年、東京都生まれ。東京都立大学在学中より若松プロで撮影助手を始め、76年CMカメラマンとして独立。79年『月山』で劇映画デビュー。81年に文化庁芸術家在外研修制度により渡米、ハリウッドとニューヨークで1年間、撮影技術を学び、日本映画界に「撮影監督」という概念を持ち込む。『1999年の夏休み』『風の又三郎−ガラスのマント』で二度のヨコハマ映画祭撮影賞、『白い馬』でポーランド映画祭子供審査員撮影賞、『ラヂオの時間』で日本アカデミー賞優秀撮影賞を受賞。
主な撮影監督作品:『就職戦線異状なし 』『渋滞』『12人の優しい日本人 』『ナビィの恋』『みんなのいえ』『アイデン&ティティ』『デスノートthe Last name』『春との旅』『JAZZ爺MEN 』『心に吹く風』『漫画誕生』『一粒の麦−荻野吟子の生涯』『山中静夫氏の尊厳死』『祈り−幻に長崎を想う刻』など。翻訳:「マスターズ・オブ・ライト」
1964年、北海道名寄市出身。法政大学卒業後、ウッドオフィスに所属。爆笑問題らが出演した深夜ドラマ「水着でKISS ME」(91)を演出。他、テレビドキュメンタリー、Vシネマ、PVを多数手がける。後、フリーとしてサトウトシキ監督、瀬々敬久監督から映画演出を学ぶ。98年、『若妻不倫の香り(原題:サラ)』 で映画監督デビュー。主な監督作として 『危ない情事 獣のしたたり(原題:ノーウーマン★ノークライ)』(98)、『YUMENO ユメノ』(モントリオール世界映画祭、釜山国際映画祭ほか出品/05) 、「わたしが子供だったころ」(NHK/08)、短編 『リュミエールごっこ』(19)、短編 『水辺の男と女』(20) 。2022年、長編映画 『TOCKAタスカー』 を発表。足立正生も出演している。
1973年生まれ。日本映画専門学校卒。フリーの編集助手時代を経て、2001年西山洋一監督「完全なる飼育 愛の40日」で技師デビュー。主な編集担当作品に2007年 神山征二郎監督「北辰斜にさすところ」、2008年「ラストゲーム 最後の早慶戦」。阪本順治監督「闇の子供たち」、2014年 安藤尋監督 「海を感じる時」、2020年 いまおかしんじ監督 「れいこいるか」等。